「うなぎは川にいるのに、どこで卵を産むのだろう」と不思議に思ったことはありませんか。
ニホンウナギの産卵場所は、日本から約3,000km離れたマリアナ諸島西方の海域です。そこで生まれた仔魚は、北赤道海流と黒潮に運ばれながら東アジアへ向かいます。
この記事では、長年の調査で明らかになった産卵場所や回遊ルートをたどり、今も研究が続く4つの謎をうなぎ専門店の視点から分かりやすく紹介します。
「川育ちでも、生まれ故郷は三千キロ先の海!うなぎの旅は桁違いよ!」
うなぎの産卵場所は西マリアナ海嶺南部
ニホンウナギは、グアム島から西へ離れた西マリアナ海嶺南部の海域で産卵します。日本からの距離は約3,000km。普段目にする川や湖からは、はるか遠く離れた太平洋上です。
この海域でふ化直後の仔魚や天然卵が採集されたことで、長く謎に包まれていた産卵場所が少しずつ絞り込まれてきました。
天然卵の発見で特定された産卵海域
ニホンウナギの産卵場所を探す調査は、長い年月をかけて進められてきました。
1991年には、西マリアナ海嶺周辺で全長10mmほどの小さなレプトセファルスが多数採集されます。さらに2005年には、ふ化して間もないプレレプトセファルスの採集に成功しました。
大きな転機となったのが、2009年の天然卵の発見です。2011年の調査でも約150個の卵が採集され、産卵海域や時期、水深を推定するための重要な手がかりが得られました。
卵が見つかったのは、西マリアナ海嶺と「塩分フロント」と呼ばれる海水の境界が交わる周辺です。海山の地形や海水の変化が、親うなぎにとって産卵場所を見つける目印になっている可能性も研究されています。
川で育ったうなぎが海へ向かう理由
ニホンウナギは海で生まれ、川や湖、汽水域、沿岸部などで成長します。成熟が近づくと再び海へ出て、遠く離れた産卵場所を目指します。
海と川を行き来する一生を知ると、うなぎを単純に「川の魚」と捉えるだけでは見えにくい、壮大な回遊生活が浮かび上がります。
海と川を行き来する降河回遊
海で生まれたニホンウナギは、シラスウナギになると東アジアの河口や沿岸へ到達します。
その後は川を上る個体もいれば、河口や汽水湖、沿岸部で成長する個体もいます。数年から十数年をかけて大きくなり、成熟が始まると川を下って外洋へ向かいます。
このように、海で生まれ、川や沿岸で育ち、産卵のために海へ戻る生態を「降河回遊」と呼びます。
親うなぎは産卵回遊に入ると、ほとんど餌を取らず、体内に蓄えたエネルギーを使って移動すると考えられています。JAMSTECの研究では、海流や水温の影響を受けながら、移動時間と消費エネルギーを抑えられる深さや速度を選んでいる可能性が示されました。
西マリアナ海嶺から日本までの回遊ルート
西マリアナ海嶺で生まれた仔魚は、自ら日本を目指して一直線に泳ぐわけではありません。大きな海流に運ばれながら、数千キロに及ぶ距離を移動します。
その旅を支えるのが、西へ流れる北赤道海流と、フィリピン東方から北上する黒潮です。
北赤道海流と黒潮をたどる長い旅
卵からふ化した直後の仔魚は、「プレレプトセファルス」と呼ばれます。
この時期は目や口、消化器官が十分に発達しておらず、体内に残る卵黄から栄養を得ながら成長します。
やがて透明で平たい柳の葉のような「レプトセファルス」へと姿を変え、北赤道海流に乗って西へ移動します。
フィリピン東方まで運ばれたレプトセファルスにとって、大きな分岐点となるのが海流の流れです。
北上する黒潮に入ると、日本や台湾、中国、韓国などの沿岸へ近づいていきます。一方、南へ向かうミンダナオ海流に運ばれると、東アジアの成育場所へたどり着くのが難しくなります。
黒潮に乗って北上する間に、平たかった体は次第に細長く変化します。この透明な稚魚が、養殖にも用いられる「シラスウナギ」です。
日本近海へ到達したシラスウナギは河口へ集まり、川や湖、汽水域、沿岸部など、それぞれの成育場所へ分かれていきます。
ニホンウナギに残された4つの謎
産卵海域や仔魚の回遊ルートは、長年の調査によって詳しく分かってきました。それでも、天然の親うなぎが産卵する瞬間は直接観察されておらず、生態には多くの謎が残されています。
ここでは、研究者が今も追い続けている代表的な4つの疑問を取り上げます。
産卵の瞬間をめぐる未解明の生態
採集された卵や仔魚の状態を調べることで、産卵の時期や海域、水深は推定できます。
ただし、広大な海の中で親うなぎを見つけ、産卵行動を直接観察するのは簡単ではありません。産卵の直前にどのように集まり、雄と雌がどのような動きをするのかも、詳しく分かっていない部分です。
新月前後に集まる産卵時期
ニホンウナギの産卵は、新月前後に集中する傾向があります。
2011年に採集された天然卵の発達段階と採集時刻からは、新月の2~4日前に、ほぼ同じ海域で産卵していたと推定されました。
月明かりの少ない夜が外敵を避けるうえで有利になる、同じ時期に親魚が集まることで受精の機会を高められるといった説があります。
ただし、親うなぎが月の周期をどのように感じ取り、産卵行動へつなげているのかは明らかになっていません。
水深150~200mと推定される産卵地点
天然卵の分布状況から、ニホンウナギの産卵は水深150~200m付近で行われると推定されています。
親うなぎは産卵場所へ向かう途中、昼間は深い層、夜間は比較的浅い層を泳ぐ日周鉛直移動を行うことが知られています。
JAMSTECの研究では、水温と海流、エネルギー消費のバランスを取りながら、深い層を利用して産卵場所へ向かう可能性も示されています。
実際の産卵時に親うなぎがどのように深さを変え、どこで集まるのかについては、今後の観察が待たれます。
約3,000km先へ向かう感覚
親うなぎは、日本や東アジアの成育場所から西マリアナ海嶺周辺まで、広い外洋を移動します。
海の中には道路も標識もありません。それでも世代を超えて同じ産卵海域へたどり着く仕組みは、現在も大きな謎です。
地球の磁場や水温、塩分、海流などを手がかりにしている可能性が考えられています。産卵海域にある海山や塩分フロントも、移動の目印として注目されてきました。
近年は海洋予測モデルを使い、親うなぎが移動時間とエネルギー消費を抑えられる経路を推定する研究も進んでいます。
レプトセファルスを育てるマリンスノー
ふ化直後のプレレプトセファルスは、体内に残った卵黄を使って成長します。
口や消化器官が発達したレプトセファルスになると、海中に漂う有機物を取り込み始めます。
研究によって有力視されている餌が「マリンスノー」です。植物プランクトンや動物プランクトンの遺骸、排出物などの細かな有機物が、雪のように海中を沈んでいくことから名付けられました。
天然のレプトセファルスを分析した研究では、栄養段階が低く、マリンスノーを主な餌としていることを示す結果が得られています。
完全養殖が商業化へ近づくまで
西マリアナ海嶺南部で生まれたニホンウナギの仔魚は、海流に運ばれて東アジアへたどり着き、シラスウナギへと成長します。現在流通している養殖うなぎの多くは、こうして自然界からやってきたシラスウナギを養殖場で食用サイズまで育てたものです。産卵海域の話は、川や湖で育つ天然うなぎに限らず、私たちが普段口にする養殖うなぎにもつながっています。
一方、卵の採取から親うなぎの育成までを人の手でつなぐ完全養殖も成功していますが、広く普及するまでには安定生産やコスト面の課題が残されています。
天然資源への依存を減らす人工種苗
完全養殖では、人工的に育てた親うなぎから卵を採り、ふ化した仔魚をシラスウナギ、成魚へと育てます。さらに、その成魚を親として次の世代を生産することで養殖のサイクルをつなぎます。
難しいのは、ふ化したばかりの仔魚を安定して育てる工程です。
天然のレプトセファルスが食べる餌は、一般的な養殖魚の稚魚が食べる動物プランクトンとは異なります。体も薄く繊細なため、餌の配合や与え方、水槽内の流れ、水質などを細かく調整しなければなりません。
2025年には、水産研究・教育機構などが新しい量産用水槽を開発し、1水槽当たり約1,000尾のシラスウナギを生産できたと発表しました。
人工種苗1尾当たりの生産コストも、従来の約4分の1に当たる1,800円程度まで削減できると試算されています。ただし、天然のシラスウナギに代わって広く利用するには、さらなる低コスト化と生産規模の拡大が必要です。
完全養殖の研究が進めば、天然資源への負担を抑えながら、日本のうなぎ文化を次の世代へつなぐ新たな選択肢になります。
普段食べる養殖うなぎも、もとをたどれば海を渡ってきたシラスウナギ。三千キロの旅が、食卓までつながってるってわけよ!
まとめ:遠い海から食卓へ届くうなぎの命
ニホンウナギは、西マリアナ海嶺南部の海域で生まれ、北赤道海流と黒潮に運ばれながら東アジアへやってきます。
産卵場所は天然卵の採集によって詳しく分かってきましたが、産卵の瞬間や親うなぎが目的地へたどり着く仕組みなど、今も多くの謎が残されています。
約3,000kmの回遊がつなぐ命
海で生まれた仔魚は、長い移動の途中でシラスウナギへと姿を変え、日本をはじめとする東アジアの沿岸へたどり着きます。現在流通している養殖うなぎの多くも、自然界で生まれたシラスウナギを養殖池で育てたものです。
普段何気なく味わっている一尾の背景には、海流や水温など多くの条件が重なった長い旅があります。うなぎの生態を知ることで、食卓に届くまでの過程にも、じんわりと思いを巡らせられるのではないでしょうか。
山美世のうなぎ
届くのは、老舗の仕事。






















