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うなぎの漢字「鰻」はなぜこの字?語源から読み解く日本のうなぎ文化

鰻

「鰻は、なぜ魚へんに『曼』と書くのだろう」「うなぎという呼び名は、どこから生まれたのだろう」と気になったことはありませんか。

普段何気なく目にしている「鰻」には、中国から伝わった漢字と、日本で古くから使われてきた「むなぎ」という言葉の歴史が重なっています。

この記事では、「鰻」という漢字の成り立ちやうなぎの語源、『万葉集』に残る歌を取り上げながら、日本人とうなぎの長い関わりをひも解きます。

鰻師 卓

「鰻の一文字をたどりゃ、昔の人とうなぎの付き合いまで見えてくるってぇもんよ!」

「鰻」はなぜ魚へんに「曼」と書くのか

「鰻」という字を見ると、「曼」がうなぎの細長い姿や、体をくねらせる動きを表しているようにも思えます。

しかし、漢字の基本的な成り立ちでは、「曼」は主に音を示す部分と考えられています。

「鰻」は意味と音を組み合わせた形声文字

「鰻」は、魚の仲間であることを示す「魚」と、音を示す「曼」を組み合わせた形声文字です。

中国語で「鰻」と「曼」は近い音で読まれていたため、魚の名前を表す文字として、この組み合わせが用いられたと考えられます。

魚へんは魚に関係する字であることを示す

左側の「魚」は、その文字が魚類に関係することを表しています。

魚へんの漢字には「鮭」「鯛」「鮪」などがありますが、右側の字が魚の姿や性質を示すとは限りません。発音を表すために置かれているものも多く、「鰻」もその一つです。

そのため、「長くうねる魚だから『曼』が使われた」とだけ説明すると、漢字の成り立ちとしては正確さを欠きます。

「曼」の意味とうなぎの姿を重ねる見方もある

「曼」には、長い、広がる、引き延ばすといった意味があります。

この意味が、細長いうなぎの姿に合っていると説明されることもあります。ただし、「曼」が選ばれた主な理由は音を表すためとされており、文字の意味とうなぎの体形との関係は補足的な見方です。

「鰻」は日本で作られた国字ではなく、中国で使われていた文字が日本へ伝わり、日本語の「うなぎ」に当てられました。

「うなぎ」という名前はどこから生まれたのか

うなぎ

漢字の「鰻」が中国から伝わった一方、「うなぎ」という読み方は日本で古くから使われてきた言葉に由来します。

奈良時代には、現在の「うなぎ」にあたる魚が「むなぎ」と呼ばれていました。

「むなぎ」が変化して「うなぎ」になったとされる

「むなぎ」の語頭にある「む」が、時代とともに変化し、「うなぎ」という呼び方になったと考えられています。

ただし、もとの「むなぎ」が何を表した言葉なのかについては、いくつかの説があり、はっきりと決着しているわけではありません。

胸や腹の色に由来する説

広く知られているのが、うなぎの胸や腹側の色から「むなぎ」と呼ばれるようになったという説です。

腹側が黄色みを帯びていることから「胸黄(むなぎ)」、赤みがかって見えることから「胸赤」に由来したと説明されることがあります。

うなぎの見た目をもとにした分かりやすい説ですが、語源を確定できる史料が残っているわけではありません。

細長い体形に由来する説

うなぎの長い体に注目した説もあります。

細長い体を表した「身長(むなが)」が変化したとする説や、家の屋根を支える細長い「棟木(むなぎ)」に姿が似ていたことから名付けられたとする説です。

いずれも、昔の人がうなぎの特徴的な姿を見て呼び名を付けたと考えるものです。

「うねる」が変化したという説もある

水中で体をくねらせる姿から、「うねる」や「うねうね」といった言葉が「うなぎ」に変化したという説も見られます。

動きと名前を結び付けた説明としては分かりやすいものの、言葉の変化を裏付ける資料は乏しく、有力な語源として断定することはできません。

「うなぎ」の語源には複数の説があり、その一つひとつに、昔の人が魚の色や姿、動きを観察してきた様子が表れています。

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『万葉集』にも「むなぎ」が登場する

万葉集

うなぎが日本でいつ頃から食べられていたのか、正確な始まりは分かっていません。

ただし、奈良時代に成立した『万葉集』には、すでにうなぎを食べることに触れた歌が残されています。

大伴家持が夏痩せと「むなぎ」を詠んだ

『万葉集』巻十六には、大伴家持が吉田石麻呂に向けて詠んだ歌があります。

「石麻呂に 吾物申す 夏痩せに よしといふ物ぞ 武奈伎取り食せ」

現在の言葉に置き換えると、「石麻呂さん、夏痩せによいといううなぎを捕って食べなさい」といった意味です。

「武奈伎」は漢字の意味ではなく音を表している

歌の中では、うなぎが「武奈伎」と書かれています。

これは「武」「奈」「伎」の意味を組み合わせた言葉ではありません。それぞれの漢字を「む・な・ぎ」という音に当てた万葉仮名です。

この表記から、奈良時代には「うなぎ」ではなく「むなぎ」と呼ばれていたことが分かります。

滋養を説く歌というより親しい相手への冗談

この歌は、「奈良時代から夏バテ対策にうなぎが食べられていた証拠」として紹介されることがあります。

ただし、歌の題には、痩せた人物をからかって詠んだという趣旨が記されています。続く歌でも、うなぎを捕ろうとして川に流されないようにと詠まれており、吉田石麻呂の痩せた姿を冗談交じりに表現した歌と考えられています。

本格的な健康指南として詠まれた歌ではありませんが、夏痩せとうなぎを結び付ける考え方が奈良時代に存在していたことは確かです。

その後、夏にうなぎを食べる習慣は、土用の丑の日とも深く結び付いていきます。

鰻師 卓

「名前の由来まで知ってから食べりゃ、いつもの一尾もひと味違って見えるぜ!」

まとめ:鰻の一文字に日本のうなぎ文化が残っている

「鰻」は、魚の仲間であることを示す「魚」と、音を表す「曼」を組み合わせた形声文字です。「曼」の意味と細長いうなぎの姿を重ねる説明もありますが、漢字の成り立ちとしては、音を示す役割が中心と考えられています。

一方、日本語の「うなぎ」は、奈良時代に使われていた「むなぎ」が変化したものです。胸や腹の色、細長い体形などに由来する説がありますが、語源は一つに定まっていません。

『万葉集』にうなぎを詠んだ歌が残されていることからも、日本人とうなぎの付き合いが千年以上に及ぶことが分かります。普段目にする「鰻」の一文字にも、長く受け継がれてきた食文化が息づいています。

山美世のうなぎ

届くのは、老舗の仕事。

うなぎ処 山美世 六代目店主 渡部 卓

島根県松江市にて大正時代から続く「山美世」の現当主。 代々続く秘伝のタレを守りつつ、脂を落とさず鰻本来の旨味を引き出す「地焼き(関西風)」の技術を研鑽。「鰻は生き物であり、一尾として同じ個体はない」という信念のもと、季節や個体差に合わせた火入れを徹底。

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