島根県松江市、中海に浮かぶ大根島で、大正三年からうなぎを焼き続けてきた「うなぎ処 山美世」。創業から110余年、店の姿やうなぎを取り巻く環境は変わっても、蒸さずに焼き上げる地焼きの技と、一尾に丁寧に向き合う姿勢は受け継がれてきました。山美世はなぜ、この地で暖簾を守り続けてきたのか。大根島の水、秘伝のタレ、職人の焼き、そして時代とともに変えてきたものをたどりながら、現在まで続く山美世の歩みをご紹介します。
「大根島で商いを続けてこられたのは、地元の皆さまや、遠方から訪ねてくださるお客様のおかげです。今日は、その歩みを少しお話ししましょう。」
大正三年創業。大根島で始まった山美世の歴史
山美世が創業したのは、大正三年。現在から110年以上前のことです。
店が暖簾を掲げた大根島は、松江市の東部、中海に浮かぶ島です。現在は道路や江島大橋によって周辺地域と結ばれていますが、創業当時は交通事情も人々の暮らしも、今とは大きく異なっていました。
そうした時代から山美世は、大根島を訪れる方や地域の方々に、うなぎ料理を提供してきました。
中海の恵みとともに始まったうなぎ料理
山美世の始まりは、大根島で旅館を営み、この地を訪れる方々へうなぎ料理を提供したことにさかのぼります。
かつて中海周辺では、うなぎをはじめとする水産物が、今よりも暮らしに近い存在でした。初代は、その土地の恵みを生かし、お客様に喜んでいただける料理としてうなぎを焼き始めます。
当時は、現在のように全国から一定の品質のうなぎを安定して仕入れられる時代ではありません。季節や漁の状況によって異なるうなぎを見極め、その日の一尾をできる限りおいしく仕上げる必要がありました。
大きさも、身の厚みも、脂ののり方も一尾ずつ違う。そうしたうなぎと向き合い、火加減を調整しながら焼き上げる仕事の積み重ねが、山美世の味の原点です。
時代が変わっても受け継いできた仕事
創業以来、人々の暮らしも、うなぎの仕入れを取り巻く環境も大きく変わりました。
天然うなぎが身近だった時代から、全国の産地から状態のよい国産うなぎを選んで仕入れる時代へ。店内で焼きたてを提供するだけでなく、持ち帰りや仕出し、全国発送にも取り組むようになりました。
山美世が大切にしてきたのは、昔とまったく同じ形を残すことではありません。
うなぎをおいしく召し上がっていただくという根本を守りながら、仕入れや設備、お客様への届け方は時代に合わせて変えてきました。
それでも、うなぎの状態を見極め、店で一尾ずつ割き、焼き台の前で仕上げるという仕事の基本は変わりません。
長く続いたから老舗になったのではなく、その時代のお客様に喜んでいただくため、一尾ずつ丁寧に仕事を重ねてきた。その積み重ねが、山美世の110余年です。
山美世が守り続ける地焼きの技
山美世の味を語るうえで欠かせないのが、蒸しを入れずに焼き上げる「地焼き」です。
単に昔から続く焼き方だから残してきたのではありません。うなぎの脂や身の厚み、皮目の香ばしさを生かす方法として、代々選び続けてきた焼き方です。
蒸さずに焼くからこそ生まれる香ばしさ
日本のうなぎ料理には、地域によって異なる焼き方があります。
関東では、うなぎを一度蒸してから焼き上げる方法が広く知られています。蒸すことで身がほぐれ、ふんわりと柔らかな食感に仕上がるのが特徴です。
一方、山美世が大切にしてきた地焼きでは、蒸しを入れず、生のうなぎを火の力だけで焼き上げます。
焼きが進むにつれて皮目から脂がにじみ出し、その脂が香ばしい焼き目を育てていきます。蒸してから焼く方法とは異なり、うなぎの身の厚みや脂の旨味、皮目の存在感をしっかりと味わえるのが地焼きの魅力です。
箸を入れたときには肉厚な身の手応えがあり、口へ運ぶと、焼けた皮の香りとうなぎの脂の甘みが重なります。
蒸さずに焼くからこそ生まれる、力強い香ばしさと食べ応え。この味わいが、山美世のうなぎの大きな特徴です。
一尾ごとの違いを見極める職人の焼き
地焼きは、決められた時間だけ火にかければ、すべて同じように仕上がるものではありません。
うなぎの大きさや身の厚み、脂ののり方は、一尾ずつ少しずつ異なります。火が強すぎれば皮が焦げ、弱すぎれば脂が重く残ります。時間をかけすぎると、肉厚な身が締まりすぎることもあります。
焼き台の温度、うなぎと火の距離、返すタイミング、脂の落ち方。わずかな違いを見ながら、焼き方を細かく調整していく必要があります。
皮目の焼け方を確かめ、身の中まで熱を通しながら、食べ応えと柔らかさのバランスを整える。一尾の状態に合わせて火を扱う職人の判断が、山美世の地焼きを支えています。
料理として運ばれてきたうなぎからは見えませんが、焼き台の前で積み重ねられる仕事の一つひとつに、代々受け継がれてきた技があります。
山美世の味を支える大根島の水と秘伝のタレ
山美世のうなぎづくりは、焼き台にうなぎをのせたときから始まるわけではありません。
どの産地から、どのようなうなぎを仕入れるのか。店へ届いたうなぎを、どのような状態で焼き台へ送り出すのか。そして、地焼きしたうなぎにどのようなタレを重ねるのか。
焼く前の下準備から仕上げまで、いくつもの仕事が重なって山美世の味が生まれます。
大根島の地下水でうなぎの状態を整える
山美世では、産地を一か所に固定するのではなく、その時々の身質や脂のりを見ながら、鹿児島県や愛知県などから国産うなぎを仕入れています。
産地の名前だけで選ぶのではなく、地焼きにしたときに、身の厚みや脂の旨味をしっかりと感じられる一尾を見極めることを大切にしています。
仕入れたうなぎは、すぐに割いて焼くわけではありません。
調理前の数日間、大根島の地下水を使った生け簀で泳がせ、店で状態を整えてから焼き台へ送り出します。
大根島は、火山活動によって生まれた島です。その地下には、長い年月をかけて地層を通った水が流れています。山美世では、この土地の水をうなぎの生け簀に利用してきました。
店へ到着したばかりのうなぎをすぐに調理するのではなく、地下水の中で休ませ、日々その状態を確認する。派手な工程ではありませんが、一尾をおいしく仕上げるために欠かせない下準備です。
大根島の地下水は、単に店の所在地を表すものではなく、山美世の味づくりを支える土地の恵みのひとつです。
地焼きの香ばしさを引き立てる秘伝のタレ
香ばしく地焼きしたうなぎに絡めるのが、山美世の秘伝のタレです。
このタレは、創業当時の配合を何も変えずに残してきたものではありません。うなぎの仕入れ環境や、お客様に好まれる味わいが変わる中で、改良を重ねながら現在の味へと受け継がれてきました。
地焼きしたうなぎに合う甘みはどの程度か。皮目の香ばしさや脂の旨味を隠さず、それでいてご飯と一緒に食べたときに物足りなさを感じさせない濃さはどこか。
長い年月の中で調整を重ね、山美世の地焼きを引き立てる味へと磨いてきました。
タレだけが強く主張するのではなく、うなぎの脂と重なり、焼き目の香ばしさを受け止める。口に運んだときには、甘辛いタレの奥から、うなぎ本来の旨味が感じられます。
地焼きの技と秘伝のタレは、それぞれ別のこだわりではありません。二つが重なることで、山美世らしい蒲焼の味が完成します。
蒲焼と素焼で味わう山美世のうなぎ
地焼きの味わいは、秘伝のタレをまとわせた蒲焼だけでなく、タレを使わずに焼き上げる素焼でも楽しめます。
同じうなぎを同じ地焼きで仕上げても、タレの有無によって伝わってくる香りや旨味は異なります。それぞれの味わいを知ると、山美世がうなぎの身質と焼きにこだわる理由も、より感じていただけるはずです。
蒲焼は地焼きと秘伝のタレの重なりを楽しむ
山美世の蒲焼は、蒸さずに焼いたうなぎへ、秘伝のタレを重ねながら仕上げます。
地焼きによって生まれた皮目の香ばしさに、タレの甘みと醤油の香りが加わり、うなぎの脂と一体になります。
ご飯と一緒に味わえば、うなぎの旨味を含んだタレが米粒になじみ、一口ごとに香ばしさと甘辛さが広がります。
ただ濃いタレをまとわせるのではなく、うなぎの味がきちんと残るように仕上げることが大切です。地焼きの力強さと、長年改良を重ねてきたタレ。その調和を味わえるのが、山美世の蒲焼です。
素焼で分かるうなぎと焼きの力
素焼は、タレを付けずにうなぎを焼き上げる料理です。
タレの甘みや香りで補うことができないため、うなぎそのものの味と、職人の焼きがそのまま表れます。
皮が香ばしく焼けているか。身の中に旨味や水分が残っているか。脂が重たく感じられないか。素材の状態と火入れの違いが、蒲焼以上に分かりやすい料理です。
わさびや塩を少し添えれば、うなぎの脂の甘みと、焼けた皮目の香りがよりはっきりと感じられます。
蒲焼が地焼きと秘伝のタレの重なりを楽しむ料理だとすれば、素焼は、うなぎと焼きの力をまっすぐに味わう料理です。
暖簾を受け継ぎ、現在の山美世へ
110余年の歴史は、昔と同じことだけを繰り返してきた歩みではありません。
守るべき味は守りながら、店の姿やお客様の迎え方、山美世の味を届ける方法は変化してきました。現在の店舗への移転も、その歩みの中にある大きな節目のひとつです。
2018年、現在の店舗で始まった新たな歩み
山美世は2018年3月18日、現在の場所へ移転し、新たな店舗で営業を始めました。
東には江島大橋、西には中海が広がり、天候に恵まれた日には南に大山を望める、大根島ならではの景色に囲まれた場所です。
現在の店舗には約130席の客席があり、家族での食事はもちろん、団体での利用や祝い事、法要など、さまざまな席に対応しています。敷地には約60台分の駐車場を備え、大型バスで訪れるお客様にも利用していただける店となりました。
店内には、うなぎが泳ぐ姿をご覧いただける生け簀もあります。
料理として運ばれてくる一尾だけでなく、そのうなぎがどのような環境で焼き台へ送り出されるのか。山美世のうなぎづくりの一端を、店を訪れたお客様にも感じていただけます。
また、地場産品や山美世のオリジナル商品を並べる販売コーナーも設けました。
創業当時とは、店の大きさも設備も変わっています。しかし、場所を移しても、大根島でうなぎを焼き、お客様に喜んでいただきたいという思いは変わりません。
店で味わう一尾から全国へ届ける一尾へ
現在の山美世には、地元のお客様だけでなく、松江や出雲大社、大根島の由志園などを巡る旅行の途中に立ち寄ってくださる方も多くいらっしゃいます。
江島大橋を渡り、中海の景色を眺めながら大根島へ入る。その土地で焼かれたうなぎを、焼きたての香りとともに味わう時間は、島根を訪れた思い出のひとつになるはずです。
一方で、遠方にお住まいの方や、店まで足を運ぶことが難しい方にも山美世の味を楽しんでいただけるよう、蒲焼や素焼などの全国発送にも取り組んでいます。
地焼きしたうなぎを真空包装し、ご家庭で召し上がる際の温め方も含めてお届けする。店で焼いた一尾を、最後までおいしく食べていただくところまでが山美世の仕事です。
家族が集まる日の食卓に。季節のご挨拶や、大切な方への贈り物に。
店で味わう焼きたての一尾と、ご家庭へ届ける一尾。形は異なっても、大根島で職人が焼き上げることに変わりはありません。
大根島で商いを続けるということ
山美世の110余年は、店だけの力で続いてきたものではありません。
日々足を運んでくださる地域の皆さま、家族の節目に山美世を選んでくださる方、旅行の途中で立ち寄ってくださる方、遠方から商品を取り寄せてくださる方。多くのお客様とのご縁に支えられ、山美世は今日まで暖簾を守ってきました。
大根島で商いを続けることは、この土地の風景や水、地域の人々とのつながりを次の世代へ受け継ぐことでもあります。
守るべきものと、時代に合わせて変えるもの
長く続く店にとって、守ることと変えることは、どちらか一方を選ぶものではありません。
蒸さずに焼く地焼きの技、うなぎを一尾ずつ見極める仕事、大根島の地下水、改良を重ねてきた秘伝のタレ。味の根幹にあるものは、これからも丁寧に受け継いでいく必要があります。
その一方で、お客様の暮らしや求められるサービスは変わっていきます。店舗の移転や設備の充実、持ち帰りや仕出し、全国発送への取り組みは、山美世の味を今の時代に届けるための変化です。
昔とまったく同じことを続けるだけでは、暖簾を次へ渡すことはできません。
守るべき仕事を見失わず、変えるべきところは柔軟に変えていく。その繰り返しが、山美世の歴史をつくってきました。
創業当時と同じ中海のほとりで、これからもうなぎを焼き続ける。店の姿や時代が変わっても、山美世の味の根には、いつも大根島があります。
「昔とまったく同じことをするだけじゃ、味は残せません。その時代のうなぎとお客様に向き合いながら、守るべき仕事を次へ渡していく。それが、暖簾を受け継ぐってことだと思っています。」
まとめ|大根島の恵みとともに受け継ぐ山美世の味
うなぎ処 山美世は、大正三年の創業から110余年、大根島でうなぎ料理と向き合ってきました。
蒸しを入れずに焼き上げる地焼き。焼き台へ上げる前に、大根島の地下水でうなぎの状態を整える仕事。地焼きの香ばしさを引き立てる、改良を重ねてきた秘伝のタレ。
これらは、昔の方法だから残してきたものではありません。一尾のうなぎをおいしく仕上げるために必要な仕事として、代々選び続けてきたものです。
一方で、店の姿やお客様への届け方は変わりました。現在の店舗への移転、持ち帰りや仕出し、全国発送への取り組みも、山美世の味を次の時代へつなぐための歩みです。
守るべきところは守り、変えるべきところは変えていく。
大根島で積み重ねてきた110余年への感謝を忘れず、山美世はこれからも、一尾一尾のうなぎと丁寧に向き合ってまいります。
大根島へお越しの際には、焼きたての香りとともに、山美世が受け継いできた地焼きの味を、ゆっくりとお楽しみください。
山美世のうなぎ
届くのは、老舗の仕事。


























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